表紙に「マジック」の文字は1文字もありませんが、シルクハットに燕尾服を着た人物の影、散らばったトランプ、コイン、ダイスを見て、これはマジックが出てくるに違いないと思って手に取った結果、予想は的中していました。
(以下、ネタバレはほとんどないですが、全くないわけではありません)
甘口レビュー
私はこれまでにもいくつかミステリの感想を書いていますが、基本的にはつい甘口のレビューとなってしまいます。ミステリ通なら話の矛盾や欠点を指摘して辛口の採点もできるのかもしれませんが、私にはできません。
理由としては、特に作者に気を遣っているわけではなく、単純にミステリーが好きだから、というのと、ついつい書き手(作り手)目線になってしまうからです。
というのも自分のマジックの作品を考えるとき、たった2分のマジックでも矛盾が生じたり、オチが弱かったりして四苦八苦します。長編ミステリの場合、これだけ複雑で長い話を読者に飽きさせずに読ませるのは本当に大変でしょうし、どこでどんな伏線を張って矛盾なく話をつなげていくのか、想像もできません。
そんなわけで、この「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」も私としては大変面白かったのですが、Amazonのレビューなどを見ると、概ね評価は良い(星4つくらい)のですが、一部低評価もあり、やや賛否が分かれています。私は東野圭吾さんの作品に純文学のような深みを求めているわけではないので十分満足しました。
コロナについて
この小説では現実同様、コロナ禍で進んでいきます。人々はマスクをしていますし、ソーシャルディスタンスなどのワードも出てきます。実際私たちにとってコロナはもう日常になっていて、コロナが存在しない世界の映画やドラマを見ると違和感を感じるくらいです。
そうした中で一般的な小説でもwithコロナの世界を描くことはごく自然なことのように感じます。逆にコロナが完全に収束した後では、このような小説は当時の時代を表したものとして懐かしがられるかもしれませんね。
探偵役に付いて
本作では冒頭に「誰々が探偵である」などと書いてあるわけではありません。物語を読み進めていくと「この人が探偵役なのか!」というパターンです。
作中の初登場時は「なんかずいぶん面倒くさそうなおじさんが出てきたな」と私は思ったのですが、すぐに驚くべき芸当を披露し始めたので、もしやと思うとこの人が探偵兼マジシャンでした。クセが強めの探偵なので、いかにも映画などで役者さんが演じたら面白そうです。東野さんはすでに実写化まで考えて書いているのかもしれません。
ちなみにマジシャンとしてのリアリティーはあまりありません。でも逆に一般の人からするとマジシャンってこんなイメージなんだなという点で参考になります。この探偵の特徴をまとめると、
- 推理力(これは探偵役なんだから当たり前)
- 初対面での第一印象はやたら良い(芸人だからか)
- ヒゲ面だが背が高くスタイルは良い
- 強気で強引
- スリが上手い
- 金に汚い
- ハッタリを使って相手から情報を聞き出す
キャスティングするとしたら誰が良いでしょうか?
作中マンガが普通に面白そう
作中に架空の漫画が出てくるのですが、これが普通に面白そうです。「幻脳ラビリンス」というタイトルで、あらすじなども比較的詳しく描かれているのですが、ぜひ読んでみたいと思ってしまいました。
内容的には少年漫画に分類されると思うのですが、少年漫画らしさもありつつも今までになかった斬新さもあり、大人が読んでも楽しめそうな感じもあり、作中漫画までこんなクオリティで仕上げてしまうのはさすがです。
まとめ
エンターテイメント作品としても面白いですが、登場人物たちの性格や言動もしっかりと描写され、久しぶりに小説を読んだなと思いました。実用書や専門書などの役に立つ本も良いのですが、小説を読んでいると嫌でも自分を顧みることになり、ときどき小説を読むことは必要だったなと思い出しました。