今回はまたマジックを題材にしたミステリー、相沢沙呼著「ロートケプシェン、こっちにおいで」の書評です。基本的にはネタバレなしの感想です。
こんな方におすすめ
それはずばり、前作の「午前零時のサンドリヨン」を読んで気に入った方です。さすがにあえて「ロートケプシェン~」から読もうという人は少ないと思いますが、前作の出来事を踏まえた部分もありますので、どうせ読むなら前作からが良いと思います。
ただし、ひとつ誤算があったのは、5年間新作が出ていないこともあって私はてっきり今作がシリーズ完結編だと思っていたことです。せっかくの人気シリーズをたった2作で終わらせる必要はありませんし、単に続編というだけでどこにも「完結」とは謳っていませんので完全に私の思い込みでした。
といっても何か思わせぶりな終わり方をしているわけではなく、1冊で作品としてまとまっていますし、続編を書くこともできるといった感じです。
本作の特徴
前作に続き、本作もすべてマジックにちなんだタイトルの短編集です。前作と違うのは女子生徒目線の部分がRed Back(赤裏、すなわちトランプの裏模様が赤)の章、男子生徒の目線がBlue Back(青裏)の章として書かれていることです。
つまり1冊の小説の中に語り手が2人いるわけですが、これによってミステリーとしての複雑さが増し、また文学としてもより細かな心理描写ができるようになっています。それをトランプの裏模様の色で分けて表現するところが相変わらず凝っています。
そして、それぞれの短編を順番通りに読むことで話がきちんとつながるところは前作同様です。
感想
やはりこのシリーズはミステリーであると同時に、高校生の苦くも爽やかな日常を描いた青春小説という感じです。もしミステリーに謎の提示と解明、結末の意外性などを求めるのならば、別に殺人事件で人がばったばったと死ぬ必要はないのだ、と目から鱗が落ちました。
犯罪の恐怖の代わりに、むしろ登場人物の心情を重視した内容が、むしろ現代に合っているのではないかと思いました。といっても私自身は従来の殺人ミステリーも好きですが。
主人公が女子高校生マジシャンということで、私も性別こそ違えど高校生のときに既にマジックをやっていた者として、なんとなく酉乃さんに共感を覚えます。例えば教室で一人でいることも苦にしないかと思えば、休み時間に皆にマジックを見せて盛り上げたりもする、マジシャンは何となくこういうタイプが多いと思います。
底なしに明るい、いつも仲間に囲まれているような人はどちらかといえばお笑い芸人とか、スポーツマンタイプで、マジシャンはなかなかそうはなれないことが多いです。それはやはりマジックが種を隠さなければいけないことと関係していて、開けっ広げな性格の人はあまり自分でマジックやろうとは思いません。
マジシャンには孤独と社交性のどちらも必要なのではないかと思います。
おまけ
私は最後まで読んでみて、ある事件のある謎が回収されていないことに気が付きました。といっても多少マジックをやっている人にとっては大した謎ではなく、私は「ああ、これはこういうことだろうな」と思いながら読んでいて、いつこの伏線は回収されるのだろうと思っていたら最後まで回収されなかった、という感じです。
マジックを全く知らない方が読んだらちょっと気になる可能性もありますが、おそらくこれは作者の遊び心のひとつなのだろうと思います。その未回収の謎とは何なのか、マジシャンならぜひ一度読んでお確かめください。