趣味の楽しさのひとつは少しずつ上達していくことだと思います。いや、趣味に限らず、仕事でも勉強でも何でもそうかもしれません。しかし、マジックの上達はそう簡単なことではありませんし、むしろ上達がすべてというわけではないような気もしています。
上達の定義を決める
そもそも、自分が上達しているかどうかを判断するためには、上達を定義しなくてはいけません。マジックの場合は決まった定義がないので、自分で決めるしかないのです。これが意外と厄介です。
例えば今、世間ではオリンピック真最中ですが、100m走などは、客観的で絶対的なタイムという基準があるので、タイムが縮まれば上達したと明確に言うことができます。タイムを縮めること自体はとても難しいですが、上達の基準はとてもシンプルです。
また、将棋の世界では藤井7冠が活躍されていますが、少なくともアマチュアレベルであれば、段位や級位というものがあるので、上達がわかりやすいです。2級から1級、1級から初段へと上がっていけば、間違いなく上達したといえるでしょう。
しかし、マジックには上達の基準がないので、上達しているか否かの判断がとても難しいです。とりあえず、「○○ができるようになる」とか、「○○がどのくらい上手くなる」というように、自分で目標を定めるしかありません。
ちなみに私の場合は現在、自分自身の上達というものはあまり考えていません。どちらかというと、レパートリーを増やすことと、今あるレパートリーをより良いものにするための努力をするだけで、上達という観点では考えていないのです。
むしろ、このような地道な作業の中で、いつの間にか上達していくということなのかもしれません。
上達が目的なのか
上達するということはそもそも大変なことです。学校の部活などを考えてみても、上達の最低ラインの練習が週1回、大会やコンクールを目指すなら週5回くらいは頑張ってほしいところです。
ということは、私がやっている月に1回の教室などでは、到底上達することはありません。そもそも不可能なのです。それはマジックが真に奥の深い芸術であることの証でもあります。
もし月1の教室で上達するとしたら、1か月の間に徹底的な復習と練習、試演を繰り返さなくてはいけません。実際、すごく頑張って練習してきてくださる方もいますが、それはかなり優秀な一部の方です。
私としても、全員に趣味であるマジックにそこまでストイックに取り組むことは求めませんし、いろいろな取り組み方があってよいと思います。
それでは私は何を目指して教室をしているかというと、教室の時間中、充実した楽しい時間を過ごしてもらうことです。私の教室は90分であることが多いですが、これはちょうど大学の講義と同じくらいで、それなりに長いです。90分間、様々な話を聞いたり、会話したり、手を動かして練習などすれば、それだけでも人生を豊かにする、価値のある体験になるのではないかと思っています。
上達するには
実際に上達するにはやはり最低でも週1くらいで練習する必要があります。とすると1か月後の教室までに3回は練習することになります。これくらい練習すると今まで難解に思えたマジックがとても簡単に感じると思います。難しかったことが簡単にできるようになる、これがまさに上達といえるのではないでしょうか。
また、自主練がどうしても億劫だという方は、教室中に何度も繰り返すのが大切です。一度成功したら忘れないうちに5回くらい繰り返すことで、かなり覚えるはずです。
また、自主練をするにしても、教室中にある程度できるようになっておくのが重要です。質問のできない環境で、一度も成功したことのないマジックを練習するのはかなり難しいからです。
独学で上達するには
独学でマジックをしていて、なかなか上達しないと感じている人は、そもそも取り組んでいるマジックが難しすぎる可能性が高いです。マジックの実践の場においては、最高のコンディション、最高の環境で演じられることはまずないと考え、かなり余裕をもって演じられるマジックを選びましょう。
また、YouTubeやSNSの動画に惑わされてはいけません。理由はインターネットで注目される人はそもそもかなり上手い可能性があることと、動画は所詮撮り直しがきくこと、カメラには目がひとつしかないことなどです。
まず、マジックに限らず、自分とあまりにかけ離れた実力のある人は、参考にならないことが多いです。例えば、野球の大谷選手のフォームを真似するとか、藤井聡太さんの棋譜を並べるとかです。大谷選手とは骨格も筋肉量も全然違うでしょうし、藤井さんと一般人では読みの深さが全く異なるでしょう。少しは効果があるかもしれませんが、もうちょっと他にやり方があるような気がします。
マジックについても、あまりに上手すぎる人の動画はエンターテイメントとして楽しみ、自分がそのレベルに到達できないと落ち込む必要はありません。
また、動画の撮り直しも非常に厄介な問題です。動画は何度でも撮り直しがきくため、投稿者は当然一番上手くできた動画を採用することになります。しかし、実際のマジックの演技では常に一発勝負で、失敗をなかったことにはできません。この乖離は非常に大きいです。
動画の世界でのみマジックをするなら良いですが、あくまで実際に人に見せることを想定するなら、動画で見るマジックは別物なのだということを意識しなくてはいけません。
また、人間には目が2つあり、複数いればそれだけ目の数は多くなりますが、カメラには目(レンズ)がひとつしかない、ということも忘れてはいけません。基本的にマジックは複数人に様々な方向から見られるもので、動画とは全く異なる環境なのです。
独学で上達するには、とにかく自分が演じるシチュエーションを徹底的に想定し、それに合ったマジックの練習をすることです。マジックは悲しいことに、ある環境では素晴らしかったマジックが、別の環境では全然だめになってしまうこともあります。マジックそのものの技術より、演じるマジックの選び方が重要なのは非常によくあることなのです。
マジックの選び方が巧みになってくると、マジックそのものは上達していないのに周囲からは「上達した」とみなされることがあります。マジックの選び方も技術のひとつなのかもしれません。