書評:午前零時のサンドリヨン

相沢沙呼さんのマジックをモチーフにした小説「午前零時のサンドリヨン」を読んだので感想を書いておこうと思います。ネタバレはなしです。

私は基本的にマジックがモチーフの小説や映画はチェックしておきたいと思っているのですが、なぜかこの作品はスルーしていました。もしかしたら表紙が可愛すぎるというか、自分が読むような小説じゃないな、と思ってしまっていたのかもしれません。

この作品は単行本が2009年、文庫版が2012年なので、だいぶ時間が経ってしまい、今更の感もありますが、かまわずレビューします(笑)。

まず、この作品は短編集で、4つの短編からなります。しかもそのタイトルが「空回りトライアンフ」「胸中カードスタブ」「あてにならないプレディクタ」「あなたのためのワイルドカード」という、明らかにマジックを意識したものです。私は完全にこのタイトルによって読むことを決意しました。

しいて言えば「プレディクタ」だけは特定のマジックというよりは「予言者」という意味なのですが、もちろん予言はマジックの一大ジャンルです。

当然、作中には数多くの実際に存在するマジックが登場しますが、その描写がかなり詳細で、著者がちょっと調べたというレベルではなく、明らかにマジックをやったことがあると思わされるものです。その点では泡坂妻夫さんを彷彿させます。

さて、「午前零時~」の内容についてですが、短編集といえど時系列がありますので、「自分はワイルドカードが好きだから第4話から読もう」などということはできませんのでご注意ください。最初から順に読まなければいけません。

私はこの作品を読んでからミステリーに「日常の謎」系と呼ばれるジャンルがあることを知ったのですが、ミステリーには殺人事件が付き物、というイメージを持っていた私にとっては、最初はちょっと刺激が少ないようにも感じました。

さらに舞台が高校、登場人物も基本的に高校生なのでやっぱり自分は対象読者層から外れているかな、という印象も持ったのですが、最後まで読むとこれは間違いなく本格的なミステリーで、どんな年齢の人が読んでも楽しめるものだと確信しました。

ところで、私がマジックを題材とした作品を観たり読んだりするとき、もっとも気になるのは描かれているマジシャンの人間像です。なぜなら創作物に描かれているマジシャンこそ、世間の人がマジシャンに対して持っているイメージだと思うからです。

私としてはできるだけマジシャンが明るく快活な人に描かれていてほしいのですが、その点、この作品の酉乃初(とりのはつ)さんは残念ながら程遠く、あまり良い印象の人物ではありません。手先は器用でも心は不器用という感じです。とはいえ、鋭い洞察だなとも思います。

そもそもスポーツ万能でクラスの人気者が、マジックなんてするでしょうか?普通はしません。マジックなんてする必要がないからです。それにマジックは種を隠さなければいけない性質から、どうしてもそのような人物設定になるのも仕方がないかもしれません。

私がマジシャンとして個人的に最も響いたのは第2話のバーのマスターの言葉です。

「マジックの楽しみ方は、人それぞれです。トリックを見破るのを目的にマジックを観る人がいたっていいじゃありませんか。不思議は不思議のままという初の信条は、マジシャンの立場からの一方的な都合です。そんな理由で、お客さんに見方を強要するのは間違っていると思うのですよ」

この部分だけでも著者がいかにマジックに対する深い造詣をもっているかがわかります。賛否はあるかもしれませんが、私はこのマスターの言葉に深く共感します。トリックを見破るためにマジックの妨害をするのは論外ですが、しかし全く種を見破る気がなく、すべての不思議現象をそのまま受け入れるというのでは、マジックの本来の面白さが失われてしまうのでは、と思うからです。

続編の「ロートケプシェン、こっちにおいで」、今話題の「medium 霊媒探偵城塚翡翠」もぜひ読んでみたいと思いました。どうか皆さんも表紙に捉われず、読んでみたら面白い作品だと思います。

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