小説&映画「ある閉ざされた雪の山荘で」ネタバレなし感想

東野圭吾さんの「ある閉ざされた雪の山荘で」小説&映画、両方鑑賞しましたので、その感想です。

小説が先か、映画が先か

小説が映画化されると、小説だけ読むのか、映画だけ見るのか、両方か、もし両方ならどちらが先か、という問題があります。私はやはりミステリー作品なら小説を先に読んでから、映画を見たいです。

1本の小説を2時間の映画にまとめると、どうしても細部が説明不足になったり、小さな疑問点が残ったりします。だからストーリーや展開を小説で楽しんでから、映画を見るときはそれらをどう表現するかという点に集中したいのです。

逆に、映画を先に見てしまうと、ストーリーを追うのに頭を使ってしまい、映像そのものを楽しむ余地が減ってしまいます。そして後から小説を読もうとしても、犯人を知っているし、あらすじも知っているので、真面目に読もうという気持ちが減ってしまいます。

そのような理由で私は先に小説を読むのが好きなのですが、人によっては逆の順序が好きな方もいるのでしょうか?また、私自身はそれほどミステリーマニアではないと思っているのですが、傍から見れば、そもそも同じ作品を小説と映画両方チェックするという時点で十分ミステリーマニアであり、普通の人はどちらか一方だけ、という方が多いのでしょうか?

演劇あるある

この作品は登場人物が全員、役者という設定になっています。私はマジックだけでなく、演劇やダンス、パントマイムなどの公演にも関わったことがあるので、「確かに演劇の世界ってそうだよな」という、いわば「演劇あるある」を感じ、上手く描かれているなと思いました。

例えば・・・

  • 本番と違い、稽古では皆、思い思いのジャージやらスウェットやらを着ている
  • 劇団員の誰と誰が付き合っているという噂、またそれに全然気づかない団員もいる
  • 熱心な若い役者は、空き時間についついインプロ(即興芝居)で遊んでしまう

演劇は動きも激しいので、汚れても平気で動きやすくラフな格好を好む役者さんが多いと思います。ジャージやスウェット、Tシャツやパーカーなどです。その点、マジシャンは動きが少ないので、もう少しきれい目な格好を好む人が多いように感じます。

また、通常のお芝居では2~3か月かけて、毎日のように顔を合わせて稽古をするので、恋愛沙汰が発生しやすく、その点も「あるある」のひとつです。

マジシャンが手持ち無沙汰に練習してしまうのと同様、役者さんは隙間時間にインプロでふざけたりします。それは見ている方も演じている方も楽しい時間です。

以前演劇に関わった方なら、懐かしむような気持で見られる映画だと思います。全体として、「演劇って良いなあ。大変なこともたくさんあるけど」と思いました。

小説と映画の比較

疑問や矛盾もなくミステリー作品として楽しめるのは小説ですが、映画の方も上手く省略したり改変したりすることで、2時間にまとまっていました。むしろ青春ストーリーという側面もあり、より感動できるのは映画版かもしれません。

細部の設定にこだわる方は映画だけでは不満かもしれませんが、映画ならではの追加、変更点もあり、十分面白い作品だと思いました。また、シリアスな作品ですが、映画版の方が多少コミカルな傾向があります。

全体感想

やはりなぜか閉ざされた(クローズドな)環境で起きる事件には魅かれてしまいます。容疑者も限られており、何でもありというより何もできないような環境だからこその切迫感、不自由だからこそ感じられる時間感覚が非日常的で魅力的です。

登場人物では「本田雄一」役を演じる間宮祥太朗さんがとにかく格好良く、素晴らしい演技でした。重岡大毅さん演じる「久我和幸」君が憧れるのも無理はないなと思いました。他の役者さんも、演じる役の性格が小説とは一部異なっていますが、いずれも魅力的なキャラクターでした。

他にも書きたいことはありますが、東野圭吾さん自身が「感想はネタバレなしで」とお願いしていますので、あまり余計なことを書く前に筆をおこうと思います。

参考文献

「ある閉ざされた雪の山荘で」

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