マジックの芸術性 補足

前回の記事はテーマが大きくて、ちょっと説明が不足しているように感じたため、今回は補足の記事を書くことにしました。

芸術の定義

芸術の定義は、国語辞典によっても出版社ごとに違うくらい曖昧なものではあるのですが、おおよそ、人がなんらかの創作や表現をして、それが見たり聞いたりした人に伝わるもののようです。やはりマジックも芸術に含めてよさそうですし、仮に芸術という分類に違和感があったとしても、少なくとも芸術性は存在していると思います。

なぜ私は「時間」「空間」「人」を変えれば、芸術性が高まると考えたか

「時間」「空間」「人」を変えるだけで芸術性が高まる、というのはいささか大胆な意見に感じられるかもしれません。しかし、マジックにおけるセリフは、ただ目の前のことを説明しているだけ、ということになりがちです。そこで第一歩として、過去や未来の話、別の場所の話、ここにいない誰かの話を加えることで、マジックに創作、表現の要素が加わるのです。

例えば演劇を例に考えてみます。演劇はもちろん芸術のひとつであり、通常は役者さんが自分ではない誰かになりきって演じます。舞台の上も、たいていどこかの部屋の中だったり、屋外の設定だったりします。やはり創作の世界です。

しかし、もし役者さんが本来の自分のまま、名前も本名のまま、他者を演じずに、舞台上の設定もなく、客席に向かって伝えたいメッセージをしゃべっているだけだったらどうでしょうか?これは演劇というより演説で、芸術的ではなくなります。

マジックも同様で、現状の説明だけに終始してしまうと芸術的でなくなります。また、これはしゃべりのマジックだけでなく、例えばステージでしゃべらずに演じるタイプのマジックにも同じことが言えます。衣装が完全に普段着のまま、演者の身体の動きも普段のその人のままではやはり芸術的でなくなります。ステージではある種の別人、別の世界を表現することで芸術の余地が生まれます。

とは言っても、あまり大げさに考えると何もできなくなります。ステージで別世界をつくるには大掛かりなセットが必要になったり、クロースアップであまりに長いストーリーを語るのは難しいこともあります。

そこで、私が提案してみたいのが、前回から紹介した通り、今以外の時間、ここ以外の場所、私やあなたでない誰かを登場させることです。それもすべてのマジックに適用する必要はありません。あくまで、無理なく使えそうな作品だけです。

例えば、過去の自分の体験の話、実在した昔のマジシャンの話、外国のマジックの話、未来のテクノロジーの予想、などなど、皆さんも色々なアイディアを考えて、マジックに応用してみてください。きっとマジックに自分らしさが加わり、芸術表現としてのマジックに近づくと思います。

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