昨今のマジシャンのトークは非常に洗練されてきており、いきなり「それではマジックを始めます」と言って始めるのではなく、導入のセリフ、落語でいう枕を用意するのも一般的になっています。
私自身はいきなりマジックに入るのも悪いわけではないと考えていますが、導入のセリフを用いるのも確かに有効な面もあります。
導入のセリフを使う最も大きな目的はマジシャンと観客との精神的距離を近づけることです。
例えば、いきなり外国貨を取り出して、「コインマジックを始めます」と言ってマジックを始めると、なんとなく観客にとってはそのマジックが他人事のように感じられてしまいます。
そこでセリフに一ひねり加えようというわけです。
単純な例としては「今日はお金を増やす方法をご紹介しようと思います」などと言って、コインが出る(または増える)マジックを演じるのはどうでしょうか。
「お金を増やす方法」というのは単純ではありますが、誰でも興味をもちやすい話題であり、自分事としてこれから演じられるマジックに興味をもってもらいやすくなります。
これくらいでも十分に効果的なのですが、頭の良いマジシャンはさらに先を行きます。
せっかくお金の話題を扱うなら、経済や金融に関する雑学・豆知識をマジックの枕に取り入れてみてはどうだろうかと。
このような戦略もマジシャンを知的に印象付けて、良い効果をもたらすこともありますが、多少危険もあります。
行き過ぎると理屈っぽい印象になることはもちろんですが、それ以上にマジックというジャンルを一歩外れると、詳しい人が五万といることです。
つまり、マジックはそもそも市場や人口が小さいので、マジックに詳しい人は比較的少ないのですが、経済や金融に詳しい人はものすごく多いのです。
それは他のジャンルについても同じことがいえ、絵画や音楽などの芸術関係や数学、科学、歴史などの学問、スポーツ、服飾なども、詳しい人がたくさんいます。
だからこそマジシャンがマジックから一歩離れた話題を持ち出すときは、まずはそのジャンルに対する敬意、愛情、思いやりをもつことが大切です。
明らかに間違ったことを言ってしまわないために最低限のリサーチも必要です。
そして、自分が詳しいという前提で話さず、「○○という話を聞いた」「○○に興味がある」のような感じで、謙虚なスタンスであれば安全です。
(先ほどのコインマジックでも「あなたにお金を増やす方法を教えてあげましょう」と言うよりも「私は最近お金を増やす方法に興味があるのです」と言った方が印象が良いでしょう)
また、必ずしも導入でマジックから離れない、という方法もあると思います。
マジックは小さな世界ですが、だからこそ珍しい世界でもあり、誰でも多少の興味はあるものです。
だから例えば、過去の偉大なマジシャンの話や、マジックの歴史的なこと、あるいはマジシャンとしての自分のエピソードなども使えるかもしれません。
いずれにしても、マジックが嘘を扱う芸能だからこそ、このような導入のセリフやエピソードはできるだけ正直で、嘘のない話が良いと思います。
